ちょっと生活感の溢れる場所も紹介してみようかな、という事でやってきたのが現地の人も利用する市場、プサー・トゥール・トンポーン。
観光客の間では、ロシアン・マーケットと呼称される事が一般的だ。
骨董品などの怪しげな店が多いので、お土産を買いに来る観光客もちらほら居る。
しかし、初心者はガイド無しでここに来るのはオススメ出来ない。
まず、間違いなくぼったくられるからだ。
ここでの商品に値札など無く、店員は相手が金を持ってそうかどうかを見てから価格を決める。
金満ジャパニーズをカモるのなど、赤子の手をひねるようなモンである。
現地語で値切り交渉が出来るようになれば、カンボジア中級者。
自分の力を試しに、このロシアン・マーケットやオールド・マーケットへ繰り出してみるのもいい。

駐車場に自転車を預け、市場へ入って見ることにする。
外側こそ普通の市場だが、一歩中へ踏み込むとちょっとしたラビリンスが姿を現す。
トタン屋根の掘っ立て小屋店舗が無秩序に組み合わさって出来た通路はまさに混沌。
昼間でも薄暗く、明かりになるのは店内の小さな蛍光灯と、天井の隙間から漏れてくる陽光だけだ。
しかし、私ほどの熟練者になればどうという事は・・・
どうという事は・・・

まよった。

甘かった。
私は勝手知ったる日本の道でも迷子になるのだった。
迷路のような市場の中をぐるんぐるん歩く。
あ、方角が分からなくなってきた。

仏像などの骨董品店が集まっている場所に出た。
お土産に良さそうだが、結構重いので沢山買って買える場合は注意が必要。
ちなみに、カンボジア産の土産物というのはほとんど無い。
大理石のジャヤヴァルマン像やナーガ像くらいだろうか。
一般的な仏像は中国やマレーシア、タイなどで作られた物がほとんどである。
ちなみに中国産の仏像は、底面に卑猥な浮き彫りが施されていることが多い。
アホみたいだが、白人なんかは喜んで買っていくらしい。

巨大な金蟇の木彫りがあった。
良い面構えだ。
金蟇(きんせん)は、後ろ足が一本しか無く口に硬貨を咥えたカエルの姿で描かれる中国のモンスターで、商売繁盛や招財のご利益があるとされる。
中国には異形は異能を表す、という考え方があるらしい。
片足のカエルは、地雷で足を失ったカンボジア人と被る。
実際に私は、足こそ失っていないものの、ハンデを物ともせずに成り上がったカンボジア人を何人か知っている。
ポル・ポト時代に農奴として最下層の立場にあった彼らは、現在は財閥の長である。
まさに文字通り立志伝中の人物だ。
彼らの語る半生は、ほとんど大河ドラマ。
日本にも戦後復興期には、彼らのような人達が大勢居たのだろう。
今はどうだろうか。

やっとマーケットの外に脱出し、駐車場へと戻ることが出来た。
自転車のカギを外していると、駐車場の番をしていたおっちゃんが寄ってきた。
「ちょっと、行く前に駐車代よこさんね」
あ、ここは駐車代要るんだったか。
おいくら?
「3ドル」
ちょっと高くない?
「やっぱり3000リエルでいいよ」
やっぱり高くない?
「ほんじゃ300リエル」
おっけー、領収書くれる?
「ないよ、そんなもん」
だろうなあ・・・。
しかし値切らなければ40倍の金額を支払うところだった。
買い物してなくてもコレである。
やはりここは初心者にはオススメ出来ない。

マーケットを後にしてマオヅォトン通りを抜けソティアロス通りに出る。
ここには、カンボジア最大のスラム、バサックスラムがあるのだ。
実は、私は2年間このスラムの向かいにある建物に住んでいた。
別にタフガイを気取っていたわけではなく、理由は家賃が安かったからである。
その後、スラムの一部分が整理され、借りていた建物の周りが綺麗になると、家賃は3倍に跳ね上がった。

20年以上前、UNTAC統治時代に描かれたと思しきペイント。
スラムの壁面に直に書かれており、随分色褪せている。
男が少女を救い出す絵だ。
ユニセフとユネスコのロゴが書かれている。
果たして、ここに住んでいた人達は救われたのだろうか?
少なくとも、私がこの近くに住み始めた5年前には、年端も行かない少女が2ドル半で体を売っていたし、近所のゲストハウスじゃ毎週のようにマリファナパーティが行われ、月に一度は夜中に剣呑な破裂音が聞こえるような場所だった。
そのくせ、時々ランドクルーザーのような高級車が停まっていたりもする。
ここを商売にする人間が居るのだ。
今もあまり変わっていない。
でも、ちょっとずつは良くなっているようである。
そのはずだ。


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自転車を始めてからすっかりポタリング中毒になり、最近はブルベにまで手を出すように・・・。Kitaguchi

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